ちびは箱入り熟女です

 

多分、ちびは2000年生まれ。もしかして2001年かもしれないし、1999年かもしれないけど、キリがいいので2000年ということにしている。ミレニアムベビーという理解でいいじゃないか、と。

その当時は、ちび含め、3匹の猫を飼っていた。ガリガリに痩せた状態で拾った黒猫のネギと、勤務先の社長からもらった中途半端な毛の長さのグレーのニャンコ。

実はちびは正式名称ではない。最初「ナルト」と名付けた。なんとなくネギとセットで。でも、生まれて3か月ぐらいで引き取ったので、もうすでに大人猫だったネギやニャンコに比べて小さい（当たり前）。だから、やっぱりちび、ちびと呼んじゃう、人の心理として。結局、通称ちびが固定して、今はちびとしか呼ばない。その通称に縛られたのか、ちびは大人猫にしては小さい仕上がりで。18歳（2000年生まれと仮定して）になった今も体重は2.5キロ。

基本おとなしくて、のんびりや。そして、ビビリで内弁慶。頭をガシガシ撫でても、お腹に顔を埋めてモフモフしても、ちょっと嫌な顔をするだけだし（それが可愛い！）、私にはいろいろ文句も言うけれど、来客時にはベッドの下から出てこない。

ちびが3歳ぐらいの頃だったか。そのとき住んでいた家は、裏に竹やぶがあり、ほとんど車も入ってこないような袋小路にあった。月3000円支払っていた家の前の駐車場は、ただの野っ原。たまに狸が昼寝をしていた。そんな場所だったから、猫は外出自由にさせていた。そのときはネギとちびの2匹と暮らしていて、ネギはその野っ原でよく遊んでいたけれど、ビビリのちびはドアストッパーで少し開けた玄関から、外を眺めているだけだった。外には狸や野良猫がいる。興味はあるけど、出るのが怖いのだ。

しかし、ある日曜日、意を決したように外に出て行った。ちびの大冒険の始まりだ。がんばれ、ちび！　負けるな、ちび！

ちびはすぐに負けた。5分後ぐらいに、すごい勢いで家に帰ってきた。なにやら、興奮している。推測するに野良猫に威嚇されたようだ。体を確認をすると、右足にほんの少し血がついていた。野良猫にやられたのか、自爆したのかはわからないが、小さな擦り傷を作ってきたようだ。まあ、大丈夫だろうとほっておくと、窓辺でぐったりしている。最初は笑ってみていたが、だんだん心配になってきた。

ぐったり度合いが尋常じゃない。

もしかして、小さな擦り傷と思ったけれど、そこからなにやら恐ろしいウィルスでも入ったんじゃないか？　どこか内臓が破裂でもしているんじゃないか？　こんなしている間に、ゆっくりと死に向かってるんじゃないか？

ヤバイ！　ヤバイ！　それは嫌だ。でもそこで私は、途方にくれてしまった。今日は日曜日、行きつけの動物病院も、他の近隣の動物病院も全てお休みだ。明日まで待つか？　嫌ダメだ、今すぐ病院に連れて行かねば！！　そこではたと思い立つ。動物病院に休日在宅医はいないのか？　やった！　あった！　動物病院の休日在宅医。うちから車で30分ぐらい行かなきゃいけなかったけど、速攻で連絡してその動物病院に向かった。

車で連れていく間も、キャリーバッグの中のちびに話しかけてみる。応答はない。信号待ちでキャリーバッグをのぞいてみるけど、やっぱり変わらず、超絶ぐったりしている。急げ私！　がんばれ私！

そして到着した動物病院は、すごーく古ぼけた病院だった。こんな設備の古そうな病院で大丈夫か？　ちゃんと的確な診断がしてもらえるのか？出てきたのはかなり高齢と見受けられるおじいちゃん先生。不安が増す。最新の医療とか知ってるの？　大丈夫？

でもおじいちゃん先生は、とっても感じがいい先生だった。ニコニコしながら、「どうされました？」と聞いてくれる。

「家の外に出て、多分野良猫に威嚇されて……」

しばらくちびを診察をしていたおじいちゃん先生は、「うーん、なんともなさそうですねえ。びっくりしちゃったんでしょうねえ。まあ、念のため消毒しておきましょうかね」と言って、マキロンみたいなのでちびの右足の擦り傷をシュシュっと拭いてくれた。

心底、ホッとした。そして同時に擦り傷で休日在宅医を利用したことへの申し訳なさがこみ上げてきた。

「すみません、擦り傷程度でやってきてしまって……」

おじいちゃん先生はにっこり笑って、優しく撫でながらちびに話しかけた。

「箱入り娘だもんねえ」

箱入りのまま、ちびは18歳になった。もう娘じゃない熟女だけど、今日もちびさん元気です！